前回の記事では、広告と宣伝の基本的な違いや、それぞれを効果的に活用するためのポイントについて解説しました。今回は、広告と宣伝を巧みに組み合わせることで大きな成功を収めた企業の事例を紹介し、その成功要因を分析します。マーケティング戦略の立案に役立つヒントが見つかるかもしれません。
アップルは広告と宣伝を組み合わせた戦略の代表格と言えるでしょう。同社のマーケティング戦略の特徴は以下の点にあります。
アップルの最大の強みは、製品発表会を中心とした情報公開の設計にあります。新製品発表の数週間前から意図的に情報を小出しにすることで業界メディアやファンの間で憶測を呼び、自然とバズが生まれる土壌を作ります。そして製品発表会では、CEOをはじめとする幹部が洗練されたプレゼンテーションを行い、その様子が世界中のメディアで報道されます。これは典型的な宣伝活動です。
製品発表後は、洗練されたTVCMやウェブ広告、屋外広告など、様々な媒体を駆使した広告キャンペーンを展開します。宣伝で生まれた話題性を広告でさらに拡大し、製品の魅力を具体的に伝えるという流れを確立しています。
エナジードリンクのレッドブルは、「レッドブルに翼を授ける」というブランドメッセージを体現するユニークなマーケティング戦略で知られています。
レッドブルの特徴は、自社でメディアコンテンツを制作する「レッドブル・メディアハウス」を持ち、エクストリームスポーツやユニークなイベントを企画・開催し、それを高品質な映像コンテンツとして配信している点です。最も有名な例が「ストラトス・プロジェクト」で、宇宙の成層圏から自由落下するという前代未聞のプロジェクトは、世界中のメディアで大きく報道されました。
こうして作られたコンテンツは、テレビ番組や自社メディア、SNSなどで展開され、広告としても宣伝素材としても機能します。レッドブルは飲料そのものの広告を必ずしも前面に出さず、ブランドが体現する「冒険」「挑戦」「エネルギー」といった価値観を伝えることに注力しています。
ファストファッションブランドのユニクロは、デザイナーや有名ブランドとのコラボレーション商品の展開と、それを取り巻くマーケティング戦略で大きな成功を収めています。
ユニクロの強みは、JWアンダーソンやマリメッコなど、著名なデザイナーやブランドとのコラボレーション商品を定期的に発表することで話題性を創出し、ファッションメディアやSNSでの自然な拡散を促している点です。これらのコラボレーションは宣伝価値が高く、発表時には多くのメディアが取り上げます。
同時に、店頭POPやテレビCM、デジタル広告などを通じて、コラボレーション商品のデザイン性や機能性、価格の手頃さを広く訴求します。特に近年は、InstagramやTikTokなどのSNSを活用し、インフルエンサーによる着用投稿を促進するなど、広告と宣伝の境界を曖昧にした戦略を展開しています。
日本の高級リゾートホテルチェーン「星野リゾート」は、徹底したストーリーテリングとPR戦略で知られています。
星野リゾートの特徴は、各施設や取り組みに明確なコンセプトとストーリーを持たせ、それをメディアが取り上げやすい形で提供している点です。例えば、地域の伝統や文化を現代的に解釈した施設設計や、日本の季節を体験できる独自のアクティビティなど、単なる宿泊施設ではなく「体験」を提供するという視点でのストーリー構築がなされています。
こうした取り組みは旅行雑誌やライフスタイルメディア、テレビ番組などで頻繁に取り上げられ、高い宣伝効果を生んでいます。同時に、企業ウェブサイトや広告では、これらのメディア露出を効果的に活用し、第三者視点での評価として紹介するなど、宣伝と広告の相乗効果を生み出しています。
スポーツブランドのナイキは、社会的なメッセージを含んだキャンペーンで大きな話題を呼び、広告と宣伝を効果的に連携させています。
ナイキの戦略の特徴は、社会的な議論を巻き起こすようなメッセージ性の強い広告キャンペーンを展開し、それ自体がニュースとして報道されるような設計をしている点です。例えば、元NFL選手のコリン・キャパニックを起用した「Just Do It」キャンペーンは、社会的公正の問題に焦点を当て、大きな議論を呼びました。
こうした広告キャンペーンはソーシャルメディア上で大きく拡散され、多くのニュースメディアでも取り上げられます。結果として、広告費をはるかに上回る露出を獲得し、ブランドの存在感と社会的立場を強固にしています。
これまでの事例は大企業のものが中心でしたが、中小企業やスタートアップでも参考になる要素があります。規模に応じたポイントをまとめます。
企業規模や業界を問わず、広告と宣伝を効果的に組み合わせている企業に共通する要素として、以下の点が挙げられます。
広告と宣伝の両方を効果的に機能させるためには、その基盤となる「伝えるべきストーリー」が明確に定義されていることが重要です。企業理念や製品の開発背景、社会的意義など、メディアや消費者の心に響くストーリーを持っている企業は、宣伝活動でも広告活動でも一貫したメッセージを発信することができます。
成功企業は例外なく、業界メディアや影響力のあるメディアとの良好な関係を構築しています。単に記者発表を行うだけでなく、メディアが求める情報や価値を理解し、win-winの関係を築くことで、継続的な露出を獲得しています。
広告と宣伝のタイミングを戦略的に設計することも重要です。例えば、宣伝活動で話題性を創出した後に広告を展開する、あるいは広告キャンペーン自体が話題となって宣伝効果を生む、といった時間軸での設計が成功の鍵を握っています。
オンラインとオフラインの垣根を越えた統合的なアプローチも、成功企業に共通する特徴です。SNSでの拡散を意識した実店舗での体験設計や、オフラインイベントのオンラインでの発信など、複数のチャネルを有機的に連携させることで、広告と宣伝の相乗効果を高めています。
広告と宣伝、それぞれの特性を理解し、両者を戦略的に組み合わせることで、マーケティング効果を最大化することができます。成功企業の事例から学べることは、単に両方の手法を並行して実施するだけでなく、それらを有機的に連携させ、相互に補完し合う関係を構築することの重要性です。
自社のブランドストーリーを明確にし、ターゲットとなる消費者やメディアのニーズを深く理解した上で、広告と宣伝のベストミックスを見つけることが、これからのマーケティング戦略の鍵となるでしょう。広告と宣伝を「使いこなす」のではなく、両者の特性を理解して「乗りこなす」視点を持つことで、新たなマーケティングの可能性が広がるはずです。