昨年の秋、京都を訪れたときに頼んでおいた自転車が組み終わった。
2年前まで毎日一緒に南米を走っていたいPanasonicのクロモリ(鉄)のオーダーフレームのそれは長いこと実家の部屋の奥に骨組みだけになって眠っていた。
一生分自転車は乗ったので、しばらく自転車旅はいいやと思っていて手を入れることすら考えていなかった。
しかし、宮崎君(ザッキー)と初めて京都であった時、私は久しぶりに自分の自転車を漕ぎたいと思った。
ザッキーは8年間勤めていた自転車屋を辞め、今は京都の宿、月光荘で働いている。
丸眼鏡、口ひげ、ダナーのブーツ、そして洒落た自転車に乗っている彼はどっからどう見てもちょっとイケてる京都スタイルのお人だった。
お互い酒好きというのも高じて京都中をいろいろ連れまわしてもらい、最終日は彼の家で一緒に鍋を囲んだ。
ザッキーの家の入口には何台も一風変わった自転車が並んでいて、ここが彼の家だというのは一目で分かった。玄関を入るとそこはもはや狭いガレージと化し、ぎゅうぎゅうに並んだ自転車達が群れているという感じだった。トタンの壁にかかるタイヤや、もはや収納される居場所の決まらないパーツ達はこのスペースだけではザッキーの遊び場が足りないことを物語っていた。
自分の部屋とダブって思わず苦笑いしてしまう。
「中学はほとんどいってなかったんだよね。でも、ほとんど毎日釣りには行ってたよ。」
彼は正真正銘の道楽者だった。
そしてラッキーなことに服や食の趣味が合うことも分かり、ザッキーの人となりから彼の組む自転車はおもしろいなと思ったのだ。
私はメカニックではないのでパーツや整備に関してはてんでうとい。
なので、「多少重くてもいいからとにかく強くて長く乗れる自転車ね。タイヤは26インチ。もちろんカッコいいので頼むよ。金額は5,6万でどう?あとは全部ザッキーのセンスに任せるからさ。」という単純な注文だけしてベタベタと貼られた各国の国旗のステッカーを剥がしてフレームを預けた。
しかし、丸投げというのはされた方は大変なもので、無限にあるパーツの選択肢の中から俺好みを一つ一つ見つけ出さなければならず、時間も労力も使うさぞかし大変な仕事だろう。言われたことだけやってる方がよっぽど楽だ。
だからこそ、自分の愛車を誰に丸投げるかは大事な選択だった。
結果的に、ザッキーに投げたのは大正解だった。
金額は私が提案したよりも高くなったし、ザッキーは受け渡し当日までインフルエンザにかかっていて、当日チャリを持って帰れるのかという不安を抱かされもした。
しかし、値段の理由を言われればそれは納得できるものだったし、インフルエンザになってもなんとか完成車を仕上げてくれたのが有り難かった。
彼は長距離自転車の旅を知っていたので私のニーズを理解してくれ、フレームに新しい命を吹き込んでくれた。しかし、嬉しかったのはそれだけではなかった。
「ペダルは緑なんだ。とも君ちょっとストリートっぽいとこもあるでしょ?それに、マリアのメタルグリーンのステッカー、フレームに張ってあったままだったからさ。」
メキシコで最初に買って貼ったマリアのステッカー、何かそれだけ剥がす気にならずそのままにしてあった。
道楽者、おもしろいことを分かっている奴をまた一人見つけて心の中でニヤっとした。