暇に任せてスペクテイターのバックナンバーを買っていると、つげ義春さんという漫画家を丸々一冊特集したものがあった。最近遊びに行った友人宅の本棚にもその名を見かけていて以前から気になっていた人だ。
作品のタイトルも「無能の人」とか「ねじ式」とか、なんかちょっと変な雰囲気。
漫画を買うのは高校生ぶりということもあり、おそるおそる彼の作品を手に取ってみた。
他にも、旅の紀行文を集めた「貧困旅行記」や日本の温泉をめぐる「つげ義春の温泉」なんかも古本で見つけては読んでみる。
漫画も文章も写真も、秀逸である。
「世の中の裏側にあるような貧しげな宿屋を見ると、私はむやみに泊まりたくなる。そして侘しい部屋でセンベイ布団に細々とくるまっていると、自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持になり、なんともいえぬ安らぎを覚える」(貧乏旅行記より)
鄙びた、廃れた、薄暗い、朽ちた、無意味な、町はずれ、変哲もない、貧しい、侘しさ、虚ろ、なんかの形容がつげさんの作品からは香ってくる。
しかし、殺伐、悲惨、荒廃、終末、不幸なんかの単語には踏み込まない。
そして、幸せな空想、理想の物語り、理に適う結末、条理とは真逆の性質を持っている。
簡単に言うと、リアルな人間やストーリーが表現されている。
作品の舞台は川や工場、貧しい家、朽ちた温泉など、世間から忘れ去られてしまったような場所が多い。一般的にこういう場所は陰気臭いイメージが付きまとうが、つげさんはそんな場所をいつも好む。
登場人物もパッとしないし、いきなり裸の女が登場したり不倫のシーンもあってアダルトなところもある。しかし、それらはいつもギリギリの線引きを保っている。ただそこにある日常を切り取る感じは無常といっていいほどに迫ってくるものがある。
そんな光景が日本の原風景をバックに広がると、何故か薄暗くも暖かいノスタルジーを彷彿とせざるを得なくなる。
漫画家というイメージよりも完全な表現者だ。
つげさん本人にこういう感想を述べたとしても、「そんなことは別に狙ってない」とか言われてしまうだろう。理解するとか伝わるとか、そういう次元ではきっとないのだ。
本人は眠剤で自殺を試みたり蒸発願望を抱いていたりとかなりヘビーな現実を生きているし、面倒くさいという理由だけで漫画家協会賞の授賞式をすっぽかしたりするスーパーリアルなお方なのだ。
つまりめちゃくちゃにかっこいいのである。
こういう男に惹かれる男の気持ちはけっこう分かってしまう。
次の旅は日本の温泉巡りを考えている。つげさんの紀行に登場する場所もぜひ訪ねてみたい。数十年前に既に朽ちていたその場所は未だに残っているだろうか。数年に一度くらいのペースでやってくるという世間のつげさんブームのリバイバルのごとく、細々とその姿、形を保っていてくれることを願ってやまない。
昨今のニュースやテレビにお疲れのあなたも、つげさんの世界に癒されてみてはいかがでしょうか。