Culture

2019/09/09
イベントレポート・「とある村」の夏休み〈体験型農村フェス〉 その3

2DAYSフェス。

タイムテーブルは押したものの、青谷明日香さんの感動のステージで初日の昼の部は夕方に無事終了した。キャンプインする数組のファミリーテントに明かりが灯り出す。

私は3時間DJをさせてもらいながら暗くなっていくサイトに灯り出すキャンドルと松明を眺めている。酔っぱらっている。

運営側としてはとりあえずイベントが形になった安堵感がどっと押し寄せていてホッとしている時間だ。

スウェーデントーチがキャンプサイトに煌々と燃えると花火が始まった。バックに秋田民謡とサンバをかけ、「これぞ数年ぶりに体感する日本の盆、万歳!」とか思いながら一人でいい気分になっている私。酔っぱらっている。

 

9時に音は止み各々の時間となる。

一度帰った青谷さんも戻って来て、私は制作についての話を聞けたことがとてもためになった。

皆々様、どんな夜になったかな。

 

 

 

 

一夜明け、気持ちのいい朝が訪れた。悲報と共に。

オーガナイザーの1人であるキャミさんの車の両輪が会場脇の溝に落ちてしまっている。

しかしここ刺巻では呼ぶのはJAFでなく、ショベルカーだった。

サモンが農道からフェス会場に似合わぬ轟音で登場し、あっという間に車をぬかるみから引き抜いた。周りには男衆が集まり、サモンスゲーと、朝の一つ目のイベントが無事終わって拍手が沸いた。

そのままサモンはたまに山で目にするオレンジ色の業務用ヘルメットとイヤーパッド姿で木を切り倒した。角度を狙い、やかましくチェーンソーが鳴り出す。杉の木の細いてっぺんが、鉛筆が倒れるように傾き大きな風を立てて地面に倒れた。切り株に残された幹のギザギザの断片が野生的だ。誰となしに皆その切りたての切り口に触ってみる。

 

皆でカレーを作るため農園の野菜を収穫に行く頃にはすっかり夏の陽気になっていた。昨日の天気が嘘のようだ。

会場脇に流れる沢でカジカを取りながら水遊びをする子供と大人。今日は物販もなく、近所でビールを買って乾杯だ。

この日はフェスというより夏のファミリーキャンプをみんなでやろう的な温度感になった。知らない人同士が共同作業と自然の中にいる解放感に浸っている。新しい繋がりができたり、次回のフェスはああしようこうしようという話に花が咲いた。

秋田らしく,なまはげの中に入っている人が人間なまはげを披露してくれてものすごい迫力だった。子供達は若干引いている。次回は本物のなまはげが見られるかもしれない。

 

遊び足りない大人たちは車に分乗して近所の川へ水浴びに行った。

そのままサモン宅で寝る人もいて、時間さえ許せばホスピタリティにどっぷりと浸かれる環境だった。

 

 

 

 

 

 

宴は終わった。

フェスの評価とは、どのように下されれば良いのだろう。

集客だろうか。収益だろうか。演者の良し悪しだろうか。

 

私が思うに、「また来年もやりたいかどうか」の一点だろう。

 

一回目の人力フェスは改善点をあげれば切りがない。

ただ、次回もやるべき希望がそこに少しでも見えればフェスは成功と言っていいんじゃないだろうか。

体験型農村フェスは悪天候も手伝って大変だった。ただ、それさえもウケルで終われるDIYで、自分で自分の楽しみを楽しむような自由度があった。

入場料を払ってその分の見返りを誰かに提供してもらうというよりは、勝手に好きに楽しめばいいのだというような、よく言えば緩さがある。

それは手がかかったり面倒かもしれないが、それを地域、参加者と一緒に共有することで笑いに変えられるという化学変化は今回体現された気がしている。

それこそが、農村を体験するというフェスの核だったのではないだろうか。

 

こんなにも言えてしまうのは自分が会場の立ち上げと当日も雑用で動き回っていたからで、お客さんにはここまでの実感がないかもしれない。

でも、自分でいろいろやればその分このフェスは面白くなるってことはきっと誰もが分かっていると思う。そういうスペースも度量もある参加型の祭りだ。

人や地域がこのフェスをどうしようとして行くのか。これからが本当の楽しみなのかもしれない。

一回目の開催に立ち会え、いいものが見れたと思っている。

 

 

 

 

東北の町の看板では「おかえりなさい、ふるさとへ」というフレーズをよく目にする。

私にも、帰ってきたいと思える東北の場所が一つ増えた。

 

またこの里山へ帰って来よう。

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