朝三時半。
北西の風が吹いていることを祈りながら目を覚ます。
風が6,7メートル吹いていれば今日は海に出なくてもいい。
が・・・やはり今日も行くのだ。
諦めと、恐怖にも少し似た気持ちで着替え始める。息が白い。
漁港の脇で車中泊している私の軽バン、窓は結露している。だんだんと近所から漁師が車で乗り付ける音が聞こえてくる。一日で一番気が重たい時間だ。
そんな気持ちをぶった切り、もしかしたら海に出ないかもしれないという一握の希望を抱きながら、歩いて1分の工場へ向かう。漁師のカッパつなぎを勢いよく履いて中に入ると、15人程が2日前に収穫して保管されていた塩漬けワカメの巨大なブロックを20キロのコンテナに分け入れている。
ワカメは無造作に絡まり合い、四角いブロックの端から引っぺがすように両手で手元に手繰り寄せ、底に穴の開いたビニールを被ったコンテナに押し込まれる。朝一から、肩と腰と指から暖まってくる。真面目にやれば半袖にもなれる作業だ。しかし、これが終わった後に待つ沖への出向と、朝4時という何度やっても慣れない始業時間のためにそれなりのペースで作業は進む。
だんだん体が暖まってくると漁師は勢いが付いてくる。
「だれやこのコンテナー!めちゃくちゃ重いぞコラー!」
「ペチャクチャペチャクチャ、がやがや、わやわや、なんでやねん、かんでやねん」
・・・みなよく喋る。
バイトを含めても、私以外は全員関西圏の人間だ。
ここは淡路島の南、丸山漁港。
観光名所の鳴門の渦潮のすぐ真北、海は瀬戸内海に向かって広がり、穏やかな波の向こうに小豆島を望む小さな漁師町だ。
演歌が遠くからこだましてくる・・・ような場所だ。
2月の終わりまで母の検査の結果を待ちながら、実家でニート暮らしをだらだらしていた私だった。陰性の結果がでたころにはニュースはコロナで持ち切りになっていて、自由に温泉の旅をスタートするには気が重く、車中泊を始めるにはまだ少し時期が早かった。
友人のインスタのストーリーにふと目が留まった。彼は船に乗っていた。
「何してるの?」
「淡路島でワカメの収穫してます!」
「ワタシ、行けますか?」
・・・
「行けそうです!!」
ということで、連絡のとれた2日後に再び車中泊スタイルで淡路島へと出発することになった。
大阪まで進んでいた温泉の旅を再スタートするには最高のロケーション、なおかつ陰鬱な社会情勢を忘却するためにも田舎でのハードな肉体労働はもってこいだ。
4月頭までという短期間の仕事もお手軽でやる気が入った。
色んなものから脱出するかのような気分だ。
車で動く季節労働は機動力があっていい。
慣れてしまえば車中泊の個室は快適だし、最悪キッチンがなくても料理はできる。
田舎なら土地は誰かが使わせてくれるし、水さえあればもう大丈夫だ。
変に味をしめるとよくないが、昔から思っていた「季節労働には車が最強」説は本当だった。
1時間ちょっとかけてコンテナにワカメを詰め終えると朝食だ。
列を作って、漁師の奥さんが盛ってくれるご飯を待つ。「大盛?もうちょい?こんな少なくていいの?もっと食べな働かれへんで~~、あ、車中泊寒ない?タコ部屋のベッドもあいとるんやからなぁ」
ご飯1人分を盛る間にこんな情報量を一人一人と話すなんて、これは才能ではないのか?
とか真面目な関東人は思いつつ、テーブルにある卵や納豆やその他ご飯のおかずもろもろをガツガツと掻き込む。なんということもない味気ない朝食も、労働の対価ですこぶる美味しく感じる。
そうか、これが朝飯前っていうやつか。
・・・そう、こっからが本番なんだよな。
つづく。