母から、自身がレベル4の癌であるという旨のメールが届いたので、大阪での仕事を急遽辞めて荷物をまとめ実家の千葉に帰ってきた。高速道路を初めて使った。
しかし、セカンドオピニオンで癌の可能性は疑われ、1か月後に再度診断が下されることとなった。とにかく、レベル4では全くなさそうだ。よかったよかった。
しかしそうなると、息子としては一応診断の結果を待たなければならず、春には九州を目指していた温泉の旅の予定も大分変わってしまった。
かくして、つかの間のニートな生活が始まった。始まってしまった。
我が家の両親は有難いことに私の帰宅を大そうもてなしてくれるが、息子としては仕事もせず、ただ家にいるというのはむず痒いものである。
弊社社長からするとそれは「ちょーダサイ」のであり、ある人は「長い人生のうちの1ヶ月と思えばええやん、きっと親も嬉しいよ」と、いうものなのだ。
そして私は、むず痒い。
寅さんは、大阪で友人に勧められて見始めた。
みなさん見たことありますか?
一話から順にみて行く。渥美清の圧巻のべしゃりとお決まりの演技がバシッと決まり、古き良き映像やストーリーに爆笑しながら号泣して、わははは、キャハハハハ、なわけである。
暇に任せて1日に3話も観てしまったり、ちょっと自分が寅さんっぽくなってしまったりして、あぁ。
しかし、雲行きが怪しくなってきたのは4話辺りからだろうか。
寅さんの心中にフォーカスが当たっていた初期作品から、何かこうだんだんと、だんご屋のおじちゃん、おばちゃん、妹のさくらとその旦那のひろし、隣の工場のタコ社長達がやけに登場してきて、寅さんのことをぶつくさ言うシーンが増えるのだ。
「汗水たらして働いている人と、いいかっこしてぶらぶらしてる人と、どっちが偉いと思うの?」
とかのパンチラインを倍賞千恵子ふんするかわいい妹のさくらに泣き泣き言われてしまったりして。
これでは寅さんはたまらない。
柴又の家にいる時の寅さんは何もしていない。
部屋でゴロゴロしていたり、庭で無駄に少し体操するくらいで、明らかに暇なのである。
そして、もうどっかに出て行きたくなって、「あぁあ、なんだかなぁ」とか、つい一人口ずさんでいるのだ。この気持ちはむちゃくちゃ分かる。
そう、私は視聴者の中では数少ない「寅さん側」の観客なのだ。
なので、皆さんが寅さんを取り巻く家族に共感する時、私は「あいたたたぁ」みたいな気持ちになっている。
そして多分、みなさんよりも寅さんの気持ちが私には分かる。
ふらふらしている暮らしというのもそうだが、変にアナログなところとか、金の使い方とか。
「寅は頭がちょっと薄い」という表現が作中にあるが、今の時代で言う人が言えば寅さんは若干障害持ち、ぎりぎりかもしれない。
ただ、好きにやってる我々(寅さんと私)からすると、やっぱり社会や世界の方がたいそう歪んで見えているわけで、「労働者諸君!」とか言ってしまうのである、ごめんなさい。
なので今、両親のいる実家で寅さんを見進めるという作業はけっこう心が痛む。
そうしていると私は、幸せの形っていうのは一体なんなんだろうと、大きなことをぼーっと考えてしまうのであった。