Culture

2023/07/11
日本蜜蜂の養蜂・その7

キンリョウヘンの誘惑はとてつもなかった。

ユニクロ、いや、ナイキ、などではなく、プラダであって、グッチだったり、そしてヴィトンだった。

もはや私にその価値などは計り知ることはできないが、日本蜜蜂が欲しかったのはこの蘭の香りだけなのだ。今まで偽物の擬似えルアーで誘惑を仕掛けていた自分が恥ずかしくなるではないか。なんて私は安っぽい男なのだ・・・。

そんな食いつきようなのである。

 

ここまであからさまに寄って来られると用意した捕獲箱や自分の家の立地は全く関係ないのでは?との思いがついつい頭をよぎるが、まぁそんなことはいいじゃないか。我が家にはとりあえずヴィトンがあるんだからさ、ね、ここに住めばいいんじゃない?暮らしの慎ましさとかさ、手のかかる生活とかさ、そういうの色々あるけどさ、いいじゃんね、一点豪華主義ってかさ、こだわりは捨てられないってかさ、わかるでしょそういうの?ね、いいでしょ?この蘭でめっちゃバブリーな気分で最高にハイなんだからさ、それでよくない?ってか人生ってそれが全てじゃない?そう思うでしょ?だからさ、ここの家に一緒にすまない???

 

のようなホストの戯言みたいなテレパシーが功を奏したかどうかわからないが、蜂はどんどんと集まってきた。これはエレガントなヴィトンの店というよりスーパーのタイムセールばりの熱気を放っている。

いくつか異なった群れから彼らはやって来ているようで、仲間とは違う蜂を見つけると喧嘩を売って取っ組み合い、噛みつき合って転げ落ちている。

最初こそ蘭に狂ったように寄ってきた蜂だったが、しばらくすると自分の仕事に我を取り戻したようだ。

真横にある捕獲箱の入口を仕切りに出たり入ったりして様子を確認している。箱の内部には蜜蝋を溶かして塗ってあり、以前に巣として使われていた状態に似せてある。

こうなってくると蘭にはもう見向きもしない。

私の考えだと、蘭は分峰後に作った新しい巣の場所を特定するための目印のような存在だと思われる。

日本蜜蜂はデリケートで、巣箱の位置が30センチずれただけでもそれを見失ってしまうと師匠が言っていた。なので、新しい巣箱に引っ越した時ならばなおさら自分の家のありかを見失ってしまうだろう。キンリョウヘンは家に帰るための大事な印ではないだろうか。

 

 

 

ヴィトンを横目に、蜂たちは今、乳飲み子を守る母親に変貌しようとしている。

いよいよ住処の良し悪しが吟味されることになる。

リアルな話になってきたぞ・・・。

私は入試のテストをうける緊張感ばりの趣で自分が仕込んだ巣箱の出来を今一度頭の中で確認した。

ここが勝負だぞ。お前はこれまでやることをやってきたのか。それは本当に正しかったかの。自己満足ではなかったのか。ズルしなかったか。入念に確認したか。相手の立場に立てていたのか。アガペーなのか。7代先のことまで思いが至っていたか。そこに大きな宇宙を見出していたのか。その全ての根底にある愛という業を成してきたのか。

 

自分の頭の中の作業がこんなにも忙しくなるほどに蜂は私を魅了している。

入る。

きっと入ってくれる。

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