縁あって、赤石山脈にある中岳避難小屋の小屋番を2日間だけ任されることになった。
千枚小屋と荒川小屋の間に位置する中岳避難小屋。
標高は3000メートル。
周囲はとっくに森林限界を超えており、岩山のほぼ頂上に建つその簡素な小屋の風情は正に避難小屋そのものだ。
避難小屋は普通の山小屋と違って基本的にお客さんをウェルカムするところではない。
食べ物はレトルトのカレーかカップ麺しかないし、水は天水。
プロパンのガスはあるが、電機はない。
お客さんもそれを知っているので、自分で食料や寝具を持参している人がほとんどだ。
そんな小屋での仕事は、これといって特にはなかった。
通過するお客に飲み物を販売したり、宿泊の簡単な手続きをするくらい。
小屋番の山中さんも「とりあえず楽しんでやってくれたらいいですからー!」、という具合。
山中さんは下戸なので、去年の夏のシーズンに余ったビール、一冬を小屋で過ごした越冬ビールを呑むという任務をいただけたことは何より光栄だった。
朝一から遠慮なくアサヒスーパードライをいただく。
プシュッ!
北アルプス、甲斐駒、富士山、赤石岳と、バードアイ全開で周囲の山がすべて見渡せる晴天に恵まれた。
通過していくお客さんも満面の笑みを浮かべている。
アサラトを振りながらほろ酔い気分で楽しく接客させていただく。
南アルプスは山が奥深いため、入山に時間がかかる。
そのせいで登山者は自然と時間に余裕のある中高年、登山の玄人、仕事関係の人間が多くなるようで、山ガールやランドネちゃんはやってこなかった。
イワナの調査のために沢を調査しているという地元の渓流会の方が、ULハイクの装備でテンカラの釣竿を携えてやって来たのには驚いた。
宿泊された68歳のご夫婦は300名山を登り終え、100高山に挑戦中という強者だった。
登山だけでなく、シルクロードを自転車で完走した経験もあるとのことで、その夜は越冬ビールを片手につい夜が長くなった。
あぁ、やはり山はいい。
3000メートルをはるばる登ってくる登山者達は、皆その山のエネルギーを体に蓄えて登ってくるかのようだ。
しんどそうでも、遠くの山脈を見渡す顔は達成感とすがすがしさに満ちている。
そんな登山者の方々のお役に少しでもたったかと思うと、こちらまでホッコリしてくる。
そう思うのは決して、1ケースと半分も飲んでしまったビールのせいではないと思う。
山中さん、中岳避難小屋、貴重な体験をありがとうございました!