大きな口内炎が喉にできたのは、夜に作ったカレーにニンニクを入れすぎ、翌日の昼のインドカレーバイキングで欲張り、その日の夜にビールとキムチ鍋をたらふく御馳走になったからに違いなかった。
腫れは日に日に大きくなって食道近くまで広がり、耳の奥、はたまたひどい頭痛までしてきてしまった。固形物はおろか水を飲むこともままならず、しまいには横になったまま自分のアホさと向き合うしかできなくなってしまった。
そんな状態でぼけっと久々にテレビを見ていると、福島の避難地区に野生動物が闊歩している映像が目に入ってきた。
人が5年もいないとそこはもうナウシカの世界の方が近いところで、人の住める場所ではないようだった。避難地域に戻る方々を見ていると、それはもはや戻るというよりは新たに開拓するというような光景に見えた。
震災のあった日、私は沖縄の離島にいて地震のことは家に帰ってテレビをつけて初めて知ることになった。連絡の繋がらない友人や家族や放射能の行く末を心配する気持ちは、離島にいるという現場との地理的距離感も相まって高まり、宿のみんなと共にただあたふたすることしかできなかった。
もはや、全く冗談なしで、祈ることしかできなかった。
その時に島に自生する恵みの菌を皆で囲んで時を過ごした時間は短い人生の中でも指折りの印象深い瞬間だった。
そんな一生の内でも数える程の衝撃から五年を迎える今、私は贅沢が原因の口内炎でメルトダウン寸前になっている。
あの時思った気持ちは、まだ今の自分を動かしているだろうか。
自分はなんのために今生かされているのか。幸福とは何か。いっそあの時、日本海側の原発も爆発してしまって日本が腐海の森になり、またゼロから再生を創めれば地球にとっては一番楽なはずだったのに。
と、ひどい感傷にひたりつつ、5年後の今の日本の状況を悲観的に見るしかできない自分に思わずため息をつく。
もはや怒りは通り越したつもりだが、3月11日くらいは思うことをちゃんと正面から思い直して、世界の平和のために祈りたいと思います。ごちゃごちゃ言わない。原発はいらない。
黙祷