Culture

2017/03/16
サンホセの夜の夢

3ヵ月に一度、首都のサンホセへ会議のために行くチャンスがある。

開放的でのんびりとした田舎に住んでいると、ときにはコンクリートの汚いビルの窮屈な谷間を歩きたくもなる。

誰かの夢に飛び込んだ。

 

 

1時を過ぎたころ、薄汚い小さなバーのドアをドカッと開けて中国人顔が一人で酒場に入って来てびっくりしているコスタリカ人を横目に、「ロン、セコ!(ラム、生で!)」とか言って、カウンターにどかっと座る。

正面の壁の大きな三角の鏡を背景にぽつぽつと酒が棚に並ぶ。一昔前の安っぽいがセクシーな細い線の電飾と年季の入ったカウンターの奥で、小さくてぼさぼさの縮れた髪の毛に顔の半分ほどもある丸眼鏡の魔女みたいなばぁさんが酒をつくってくれる。

魔法がかかった様に酒はうまい。

ばあさんは全くしゃべらない。

 

最初はよそよそしい他の客も、チーノが曲りなりにスペイン語を話すことが分かると、馬鹿な話を無限に繰り返して吹っかけてくる。試合前のボクサーのにらみ合いの距離で男から離れない。

 

どいつからもこいつからも、風呂に入っていないラテンの体臭と安酒の臭気が全身から漂ってきてこっちに乗り移りそうだ。

 

背中側の壁には人の上半身が見える程の半円のガラス窓が4つ並んでいる。

そこから隣のちょんの間で働くニカラグアとドミニカ共和国のまるまるとした女がすごい勢いでしゃべりまくっているのが見える。奢られた酒に酔っているのだろうか。

大根より太い二の腕から剃り切らない毛がはみ出す。

 

「私?150,000コロン(3千円)。部屋代も一緒よ。ここの建物の一部屋に住んでるわ、2週間くらいね。

ずっとここの店にいるわけじゃないけど、いろいろ行くのよ。」

紫よりもいやらしく見える鮮やかな青のLEDが天井の四隅に安く灯っている。いやらしいというよりは、なにか恐ろしくなるような青だ。

酒が覚める。

 

バーを出ると、オフスプリングみたいなタクシードライバーが声をかけてきた。

見た目は怪しい奴の部類だが、会話と挙動からみて馬鹿ではなさそうだ。

「チーノ、おもしろい所へつれてってやろうか。」

「いくら?」

「400円」

400円は車内で450円に変化したが、ご愛敬だ。

バックミラーには各国の札で巻かれたジョイントが20本くらい束になってぶら下がっている。

 

なんのことはない、「おもしろい所」は水着の娼婦が待ち受けるマルガリータというストリップだった。本当に面白い所へ連れて行ってほしかったが、この時間帯になると、日本の価値観で酒を飲めるところは町の裏には少ない。

大体どこでも女付きになってしまうのだ。

社会科見学料の800円のエントランスを払い、スーツの男にボディチェックを受け、上裸のブロンドが書いてあるドリンクチケットを2枚受け取る。

狭い店内には女たちが30人程、群れるように客を待っていた。店は綺麗で陽気なラテンミュージックが爆音で流れているが、女たちの気だるそうな態度と表情からは対照的に生を感じることはない。

なにかの小屋の中のようだ。

人種も体形も多様、アジア顔はいなかったが、隣国からの出稼ぎに来ている娼婦の方が多い。

 

「今日は4時から働いてるけど、だれも私を買ってくれないわ。あー退屈。お腹も減ったわー。ねーチーノ、私を買ってよ。一杯でいいから奢ってよ。」

どう転んでも、嬉しくも悲しくもエロを感じることはない。

男は自分が娼婦ではなくてよかったと思った。

 

 

誰しもが何かが起きれば面白いと思って夜に飛び出すが、サンホセの夜ではなかなかいい夢は見れそうにない。

張りぼてでも、底辺でもないどこかへ、今すぐに飛んで行きたいと男は思った。

無理矢理ドリンクチケットを使い切って外に出ると、もうゆっくりと朝の気配がやってきていた。

いかがわしいブロックの隣のオフィス街に入った途端、男は夢から覚めてしまった。

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