※グロテスクな写真がありますので、苦手な方は記事の閲覧をご遠慮ください。
私の住んでいる村には鹿の処理工場がある。
罠や狩猟で捕獲された個体が運び込まれると連絡が入って、皮剥ぎから解体までをするのが仕事の一つになっている。
獲物が工場に運び込まれた時にはすでに息の根は止められている。
体内のほとんどの血は山で抜かれ、皮と肉と内蔵だけの姿でやってくる。
初めに後ろ足の蹄からナイフで皮を剥ぎ始め、アキレス腱が見えたところでそこに個体を吊るすためのフックをかけ入れ吊し上げる。
そのまま下へ下へと切り進めながら全身の皮を剥いでいく。皮と肉の間には白いガーゼのような筋膜が張り付いている。「サァー、シャー」みたいな音を立てて皮はどんどんと首元まで剥がされていく。
内蔵のほとんどは食用に適さない。
とっておくのは心臓と肝臓だけだ。これも大体ペット用の肉になる。
胃や腸の内容物は鼻をつく匂いがするので中身が飛び出ないように食道と肛門(入口と出口)をタイラップで縛っておく。(私は一度膀胱からの一撃を顔面にいただいたことがある)
腹の中身を傷つけないように注意しながら胸骨の脇にナイフを入れて首元まで続く骨を断つ。
最後までナイフが下がるとドサッとヘドロのように凝固した血が地面に滴り落ちる。これで内蔵を落とすための道が開ける。
肛門辺りから腹の薄い肉を慎重に割き降ろしていくと内蔵が御目見えする。
それらは、背中側や脇腹に薄い横隔膜で少しばかり支えられているのでナイフや手で剥ぎ取っていく。
肛門から段々とずり落ちてくる内蔵を地面に落とせば残った肉に動物の姿形はない。
このあと数日冷蔵庫で寝かせて、部位ごとにバラしていく作業となる。
大まかな流れはこんな感じだ。
話は変わって、毎週木曜日は無料のヨガ、ストレッチ教室があって参加している。
「はい、それではローラーを使って、筋膜をほぐしていきましょ〜。骨盤の下のリンパを意識しましょ〜。はい、次は太ももから膝の上まで〜。全身の力を抜いて〜。はい、次はボールを使って、背骨の脇、肩甲骨の下から尾底骨までをグリグリしましょ〜。はい、では次は〜、四つん這いになって、肛門を地面に向けて背中を天井へ向かって伸ばしてぇ〜〜」
鹿の解体で体の構造を目にしてしまうとついヨガの時もそのイメージが脳裏に浮かんでしまう・・・。
「あぁ、今俺は背ロースほぐしてんのかぁ〜。気持ち〜」
「肩甲骨の可動域狭いなぁ」
「冬だから油のってるけど、健全な油じゃないなこれは」
「膝の古傷の靭帯はこれはもう元には戻んないんだろうな。開けてみたらここは傷んでるだろうなぁ」
「あぁ、今ほぐしているのは筋肉の入り組んだ関節周りだぁ」
・・・こんな感じで自分の体を「肉」的視点で診てしまう。
鹿の体も人間の体も開けてみれば作りはけっこう似ている。
じゃぁ人間は美味しいのかとか、一回皮を剥いでみたいとか、そんなことは思わない。
ただ、じゃぁ人間と鹿の違いとはなんなのかと、もうもうと体から湯気を上げながら捌かれる肉を見ながら思ったのだった。
今日の鹿の個体は段々と春が近づいていることを教えてくれていた。