Culture

2018/06/13
自転車旅行者を家に招く

海外にある警察や消防署なんかの公的施設は、自分が自転車旅行をしている時も随分世話になった。シャワーがあったりベッドがあったり、時には食事を出してくれるところもあった。何よりも安心して眠ることができた。

 

我が家の近所に赤十字がある。

その日たまたま前を通りかかると、アメリカから下ってきた3人の自転車旅行者が卵を茹でていた。彼らは翌日に近所の国立公園へ行くので荷物を置かせて欲しいという話の流れで、次の日3人は我が家へ泊ることになった。

その日の寝床が決まらずに夕方を迎える自転車旅行者の心細い心境はよくわかる。暗くなる前には最悪でも寝る場所くらいは決めてしまいたい。そしてとにかく、少しでも快適で安全に眠れる場所を探したい。

その晩、彼らが我が家に泊まると決まった時に見せた安堵の表情は忘れられない。

それを見ると自分の旅のことが鮮明に蘇ってきて、今晩は盛大に彼らをもてなそうと思った。

 

 

 

 

寝床の次は飯だ。

長距離旅行者は皆ガソリンストーブを持っていて、物価の高い国では自炊を頻繁にする。穀物や缶詰なんかは持ち運びできるが、生鮮食品とかはその日勝負になる国や地域も多い。

しかし自転車旅行は毎日が体力勝負だ。彼らは一日100キロとかを漕ぐので常に腹が減っている(私だけではないはず)。胃袋は日に日に大きくなり、牛のステーキを1キロ食べた後でも大きなジャガイモ3つを余裕で食べることができるまでになる。

とにかく脳と体が栄養を欲している。

 

今夜は食べきれないまで料理を出すことが私の使命だ。

数か月ぶりに3人の胃袋を限界まで伸ばしてやるのがサイクリストの最高のおもてなしってもんよ。

前菜の山盛りのサラダ、ポテトサラダ、缶詰のエビとホッキ貝、ピクルスとオリーブ、全粒粉のパン、少し間をはさんでから鶏肉と玉ねぎとトマトのどんぶり特盛ほどの炒め物で奇襲をかける。もう机の上に皿の割り込む余地は無い。

 

ふははは、さぁ、もう食べれないという程に食らいなさい!!!・・・

 

 

 

 

・・・キッチンからは3人の食事している姿は見えない。

ん、なんか、盛り上がってない。静かだな。

口に合わないのだろか、と思いながらトマトパスタ500グラムにオレガノを振りかけ、溢れんばかりになったフライパンを持って3人の所へ戻る。

すると、え、ちょっと、ぎょっとするほど、食卓には綺麗に何も残っていなかった。しかも、彼らが昨日茹でていた卵を食べ始めているではないか。

料理がひと段落したら一緒に食べようとか思っていた私が間違いだった。

そうだ、思い出してきた、この宇宙のような広大な胃袋。

3人のほぼ無言の賞賛を受けながら、キッチンにあるものを若干焦って片っ端から再び卓上に並べていく私。殻付きピーナッツ、パイナップル一個、ビール2リットル追加・・・。

 

ここまでくると食べるのに忙しかった口が少しずつ会話をするようになってきた。

おぉよかった、なんとかなりそうだぞ。

 

最後に食卓に残ったのはわずかながらのパスタとパイナップルが半分ほどだった。

彼らは満たされたのだ。

テントから「チョー満足だわー」というスペイン語が聞こえてきた。

ほぼ空になった冷蔵庫を複雑な気持ちで眺めながらも、今夜はうちに来てくれてありがとうと思って、私も満足した。

 

翌朝、彼らは最高の笑顔でまたペダルをこぎ出した。

もちろん、朝食後の冷蔵庫の中には何も残っていなかった。

 

 

 

 

 

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